Jun 18, 2009
アパート経営のジレンマ
友人の親がアパート運営しているが、病気を患ってから友人がアパートの管理事務の管理を引き継ぐことになった。そこで初めて知ったようだが、友人の両親は、知人にアパートを貸すことが多かったことから、知人がそれに応じて、問題があってもあまり文句のほとんど言うことができない状況があったようだ。知って貸すのも、善悪と語っていた。中古ワンルームマンション不動産投資と収益率を意識すると良い。収益率が高いことを狙う必要があるというわけではない。収益率は、お部屋のリスク裏返しでもある可能性があるため、その選択は慎重にする。特に、公開されている不動産投資物件の収益率が高い場合、それは空席になる可能性が高いと思う。
<デサント協賛>
◇女子6人制(6日、徳島市立体育館など)
▽決勝トーナメント1回戦
志摩クラブ 2 25−21 0 畝傍クラブ
(三重) 25−21 (奈良)
東女体クラブ 2 25−11 0 CK CLUB
(東京) 25−17 (奈良)
◇女子9人制(6日、岡山市総合文化体育館)
▽予選グループ戦
SMASH 2 18−2 11 三笠クラブ
(神奈川) 21−9 (奈良)
21−16
三笠クラブ 2 21−17 0 一喜一遊
(奈良) 21−13 (茨城)
8月7日朝刊
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6日に開幕した第93回全国高校野球選手権大会(高野連など主催)で開会式に臨んだ奈良代表の智弁学園(3年ぶり16回目)の選手たちは、約3万8000人の観衆が見守る中、夢にまで見た甲子園のグラウンドを力強く踏みしめた。
晴天の下、開会式は午前9時に始まった。奈良大会の優勝旗を手にした住谷将来主将(3年)を先頭に、智弁学園ナインらは全49校中31番目に登場。スタンドに集まった家族らが、胸を張り腕を大きく振りながら堂々と行進する選手たちに大きな声援を送った。
大西佑季選手(3年)の父で保護者会会長の秀典さん(45)は選手たちが姿を現すと、笑顔で身を乗り出し、「高校球児だった自分が甲子園に行けなかった分、息子が出ているのを見て感動した。夢の舞台で一生懸命戦ってくれるのを楽しみにしている」とグラウンドを見つめた。
開会式を終え、小野山敦選手(3年)は「観衆の多さに驚いたが、堂々と行進できた。初めての甲子園だが、試合を楽しみたい」と決意を新たにしていた。
智弁学園は大会7日目の第2試合で山形代表の鶴岡東(30年ぶり3回目)と対戦する。【山崎一輝】
8月7日朝刊
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6日は広島原爆の日でした。私は「広島大仏(阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう))」が安置されている安堵町の極楽寺であった平和祈念式典に参加しました。
かつては原爆ドーム近くで、車に載せられてパレードが行われたという大仏が、なぜ奈良にあるのか。その“漂流”は、戦後の私たちの「核」に対する意識と重なるような気がしてなりませんでした。私自身が取材で、そう感じる経験もしたからです。
原爆投下から9年後の1954年、米国が太平洋で行った水爆実験で、静岡県の「第五福竜丸」が被ばくし、無線長が急性放射能症で亡くなる事件が起きます。福竜丸の周辺で操業していた多くの漁船も被ばく。放射能に汚染された大量のマグロが廃棄されるなど大騒ぎになりました。
しかし、事件は日米間で早々に政治決着します。米国と旧ソ連が核開発競争をしていた時期で、米国にとっても不都合な事件だったのです。乗組員も追われるように地元を後にした人がいました。
私は事件から約40年たった95年、数人の乗組員を取材したのですが、信じられない事実を知りました。千葉市にある国の専門機関で健康診断を受けていた13人のうち12人がC型肝炎に感染していたのに、乗組員には伏せられていたのです。
原因は帰港後に受けた被ばく治療の際の輸血と推定されます。乗組員は「モルモット」なのか。広島、長崎の被爆者が差別を受けたことは知られていますが、水爆被害者もまた、同じような扱いを受けていると感じたのです。
兵器である原爆と原子力発電は違うという意見もありますが、私はそうは思いません。歴史的にみると、原発も米国の核戦略の一環でした。米国が「原子力の平和利用」を打ち出したのを受けて、日本も原発を積極的に受け入れます。福島第1原発事故が起きるまで、国内外で大きな事故もありましたが、原発推進の姿勢が変わることはありませんでした。
原発を考えるうえでもう一つ忘れてならないのは、中央と地方という地理的背景です。
戦後の高度経済成長は、地方からの労働力が支えました。中央が栄えて地方が衰退することで達成できたと言い換えても良いと思います。そして、その対立の中で権力を保ち続けたのが、かつての自民党でした。有名なのが「日本列島改造論」で知られる故・田中角栄元首相です。新潟県出身の彼は、中央から地方へカネを環流させることで票を得ました。原発立地に対する交付金などの支援も同じ考えに基づいているといえます。
私は、原発が多く立地する福井県で仕事をしたことがあります。多くの問題は承知のうえであえて書くと、原発という「大企業」の存在が大きいと思いました。地元に仕事があり、出稼ぎに行かなくとも家族と一緒に暮らせる。私もそうですが、地方出身者にはこの意味はよく分かると思います。
私たちは、これまで「核」に対して無関心、あるいは見ないふりをしていたのではないか。原発がある過疎地のことについても同様です。それが福島第1原発の事故につながったと考えるなら、原発に「賛成」か「反対」か、といった二者択一的な論議ではなく、その間にあるさまざまな問題について広く深い論議が必要なのではないでしょうか。
66回目の原爆の日に、これだけは書いておこうと思います。【奈良支局長・山内雅史(yamauchi-m@mainichi.co.jp)】
8月7日朝刊
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